新年早々とてもいい本に出会えました。
赤めだか(立川談春著)
昨年の春に発売以来、方々で絶賛されていたため、私もいつかは読もうと考えていた一冊でしたが、やっと先日購入しました。読んでみればなるほど数時間で一気に読み終わってしまうほどに面白い本です。
教科書風にこの本を紹介すると、「若き日に立川談志に弟子入りした一人の男(立川談春)が様々な苦難に立ち向かいながらも成長していく過程を描く青春エッセーである」とでもなるのでしょうが、この本全体が一つの新作噺と評価した方が適切なのかもしれません。
私は落語にあまり興味を持っていませんが、破天荒な落語家である立川談志という人がどのように弟子を育てるのかには興味がありました。この本を読むことで私の好奇心は十分以上に満たされました。
あのな坊や。お前は狸を演じようとして芝居をしている。それは間違っていない。正しい考え方なんだ。だが君はメロディで語ることができていない、不完全なんだ。それで動き、仕草で演じようとすると、わかりやすく云えば芝居をしようとすると、俺がみると、見るに堪えないものができあがってしまう。型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。どうだ、わかるか?
-赤めだか P72~73より引用-
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わかりました?
私はこのくだりはとても面白いエピソードだと思いましたので何度か読み返しました。
立川談志の言う「型」というのは「基本」とか「基礎」といった物事が成り立つためのよりどころとなる大本のことを指しているのでしょう。これは落語だけで重要なことではなく、何かを学ぼうとする人全てに当てはまることだと思います。
しっかりとした型(基本)を学んでいない人が、何かしらの活動を行おうとしても型なし。
勉強でも、しっかりとした型(基本)を学んでいなければただの暗記に過ぎず応用が利かないという意味で型なし。考えてみれば、型ができていなければメチャクチャだというのは万事に当てはまります。
しっかりした「型」ができていると自信を持って言えるのか。実は「型なし」なのに突っ走っていないか。談志の言葉にハッとさせられました。一人の人間として目指すべきは「型」の通り生きるか、もしくは「型破り」に生きるか。このどちらかでしょう。「型なし」では傍からみればメチャクチャです。
この本はとても読みやすく、ストーリーも愉快な上に考えさせられることも多い良著。自信を持ってお勧めできます。