超著名な経済学者である中谷巌氏の新著です。
私は経済学部生だったので、テキスト『入門マクロ経済学』をはじめとして教授には随分お世話になりました。数年前に発表され、経済学を扱う書籍としては異例の売れ行きだった
痛快!経済学
を読まれた人も多いと思います。
中谷教授は細川内閣、小渕内閣において規制緩和や市場開放を積極的に主張し、その後の小泉構造改革においてもそれらの提言うちいくつかを実際に実現させた人物でもあります。つまり中谷教授は生粋の米国流マーケット・メカニズム信奉者であり構造改革を唱える急先鋒の一人でした。
ですが、私は本書の序章の段階で早くも衝撃を受けました。
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本書は筆者自身の「懺悔の書」であると同時に、グローバル資本主義や市場原理が本質的に個人と個人のつながりや絆を破壊し、社会的価値の破壊をもたらす「悪魔のシステム」であることを筆者なりに解明していくことを目的としている。 P32
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本書は米国流資本主義を信奉していた超著名な経済学者が語る『懺悔の書』なのです。
以下書評です。
まず序章では、変質してしまった米国の現状やその米国流のグローバリゼーションを推し進めていった日本の惨状が語られます。中谷氏はまさにその日本において米国流のグローバリゼーションを推し進める「
片棒を担いだ男」(本著より)でした。氏はこの序章において、「
わが懺悔、そしてわが転向」という衝撃的な(少なくとも私にとっては)表現を使用しています。
続く1章では、「転向」に至る経過について触れられます。フルブライト留学で当時勤めていた企業(日産自動車)を休職(事実上退職)してハーバード大学の博士課程へ飛び込み先端の経済学を学んだこと。その傍らで日本とは比較にならない米社会の豊かさを実感したこと。その結果、「
アメリカは自由競争の国、自己責任の国だから世界一豊かになったのだ」P49と確信したのだと述べられています。ですが、こうした点について中谷氏は誤解であったとしています。
2章では米国流のグローバリゼーションの進展によって生まれる負の側面について述べられています。ここで特に問題とされているのは「格差の拡大」と「地球環境の破壊」についてです。これらは「市場の失敗」に帰せられる問題ではなくグローバル資本主義に内在する本来的な機能であると結論づけています。
3章では、市場社会の問題点をもっと掘り下げて論じています。この章の見出しが「
悪魔の碾き臼としての市場社会」です。章題がただ事ではないですね^^;
この本のユニークなところは、生粋の「米国かぶれ」の経済学者だった人がその教えを棄教し、懺悔するところだけにあるのではありません。4章からは、もはや経済・金融の書籍ではなくなってしまうところも特徴的なのです。以後本書の内容は比較文化論としての意味合いが強くなります。
具体的には4章では米国の建国以来の歴史について述べられており、米国の特徴として「理念国家」、「宗教国家」、「フロンティアへの衝動」の3つを導いています。これらの特徴が米国がグローバリゼーションの普及に熱心に(というか強迫観念的熱意で)取り組んでいる理由とします。
さらに5章では、一神教と多神教の違いについて述べられており、なぜ欧米諸国は自然を破壊するのかという問いを一神教思想に帰しています。さらに、一神教思想と対極にあるものとして日本の多神教の思想を挙げ、1万年以上も前にまで遡るそのルーツが自然を大切にする文化を生んだとしています。グローバル資本主義が荒廃し揺さ振られている現在、こうした独自の文化を持つ日本の貢献が世界で求められているとのことです。
続く6章が、グローバリゼーションで疲弊した日本人古来の自然との「共生の思想」に基づく価値観を取り戻し、さらにはこの価値観を世界に広めるべきだとします。特に「環境分野」での貢献への方向性を日本として明確にしなければならないと強調しています。
あとは7章の『「日本」再生への提言』、そして最終章が『今こそ「モンスター」に鎖を』です。この2章はあまり目新しい議論ではなく、既に本書で述べられてきたことの繰り返しですので省略します。
読み終わった感想としては、『
評価に困る!』です。おそらくこの書籍の評価は読む人によって大きく異なるでしょう。米国流の資本主義を日本でも積極的に取り入れていくべきだと長年主張してきた張本人の豹変をどう捉えるかによって。
また、経済学とは常に合理的な意思決定を選択する「経済人」を前提とした学問ですが、教授はその前提にそもそも無理があるとする一方で貨幣的価値に換算できない「文化」とか「歴史」などの重要性を主張しています。これらはもちろん経済学の範疇には入りません。それを経済学のエキスパートがグローバリゼーションによって引き起こされた諸問題を解決する鍵として論じる点がユニークなのです。
中谷教授が著した『入門マクロ経済学』は私が読んだ初めてのマクロ経済学のテキストだったためか、本書読後に思うところはたくさんあるのですが、あえて今回はこの本の評価をしません。
ただ言えるのは、とてもユニークな本だったということでしょうか。
東谷暁氏によると中谷巌氏は言うことがコロコロ変わるそうです(「エコノミストは信用できるか」より)。
その時代時代に求められている言論を売りあるいている人は懺悔したり、懺悔したことに懺悔したりry)
2009.01.28 Wed 22:47 |
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のら[
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>のらさん
私もその本を読んでいます。
コテンパンに多くのエコノミストが斬られていく様が面白かったという記憶があります。ただ、コロコロ言う事が変わるとは例えばどんな言動を指すのでしょうか。中谷さんが周囲の意見に流されやすいというようなことは書いてあったような記憶がありますが、あまりよく覚えていません。
まあ、現代の経済学者で言う事が一貫している人なんていなのではないですか。クルーグマンだってコロコロ変化ですよ。
2009.01.28 Wed 23:16 |
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ぐっち[
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